2026.03.30
- 大学生活全般
兴味がバラバラでも大丈夫。大学で自分の进路の轴を见つけていくまで
こんにちは。大学院創薬科学研究科 修士1年の小林です。
高校生や大学1年生のころは、将来やりたいことを一つに决められず、不安になることがあると思います。周りに梦や目标をはっきり话せる人がいると、自分だけ遅れているように感じるかもしれません。ですが、最初から进路の轴がはっきりしている人ばかりではありません。むしろ、いろいろなことに兴味があるのは自然なことだと私は思います。
私自身も、最初から一つの道だけを见ていたわけではありません。研究も面白そうだと思っていましたし、技术を使って课题を解决することにも関心がありました。さらに、大学の外で人と话したり、新しい仕组みを考えたりすることにも惹かれていました。そのため、何を自分の轴にすればよいのか、すぐには分かりませんでした。
しかし今振り返ると、进路の轴というものは、最初から完成した形で持っているものではなく、大学生活の中で少しずつ言叶になっていくものだと感じています。授业、受験、部活动やサークル、アルバイト、研究、课外活动、人との会话。そうした一つ一つの経験を通して、自分はどんなときに前向きになれるのか、どんな环境では苦しくなりやすいのかが见えてきます。
この记事では、兴味がバラバラでも焦らなくてよいこと、そして大学生活の中で少しずつ进路の轴を见つけていく方法について、私の経験も交えながら书いてみたいと思います。これから大学を目指す高校生や、入学したばかりでまだ将来のことが定まっていない大学1年生の方に、少しでも参考になれば嬉しいです。
兴味が広いことは、悪いことではない
进路の话になると、やりたいことが早くから决まっている人が立派に见えることがあります。医疗に进みたい、研究者になりたい、公司で働きたい。そのように言い切れる人を见ると、自分はまだそこまで决められていないと焦るかもしれません。
しかし私は、兴味が広い状态は决して悪いことではないと思います。なぜなら高校生や大学1年生の段阶では、社会にどんな仕事があるのか、大学の学びがどのように将来につながるのかを、まだ十分には知らないことが多いからです。知らないことが多い中で、一つの正解を早く见つけようとすると、かえって苦しくなってしまいます。
私自身も、最初は関心があちこちにありました。しかし振り返ると、バラバラに见えた兴味にも共通点があったのです。それは、「目の前の课题を整理して、よりよい形にしていくことに惹かれていた」という点です。当时はそこまで言叶にできませんでしたが、経験を重ねるうちに少しずつ见えてきました。
最初からきれいに整理されていなくても大丈夫です。大切なのは、兴味が広い自分を否定しないで、その中にどんな共通点があるのかを后から见つけていくことだと思います。
轴は、好きなことだけではなく、譲れないことからも见えてくる
就活の轴という言叶を闻くと、すごく立派な答えを最初から持っていなければならないように感じるかもしれません。ですが実际には、轴とは突然思いつくものではなく、自分の経験の中で少しずつ见えてくるものだと思います。
大事なのは、自分の人生の中で何が譲れなかったのかを考えることです。自分はどんなときに纳得して顽张れたのか、逆にどんなときに强い违和感を覚えたのかを见ていくと、自分の大切にしているものが见えてきます。
たとえば、自由に考えられる环境では前向きになれたのに、细かく决められすぎると苦しかったのかもしれません。逆に、一人で抱え込むより、人と相谈しながら进める方が安心できたのかもしれません。あるいは、结果だけを求められるより、自分がやっていることの意味を理解できる方が顽张れたのかもしれません。
进路を考えるときは、「何がしたいか」だけでなく、「どんな状态なら顽张れるか」、「何が自分にとって譲れないのか」を知ることがとても大切です。轴とは、目指すものの名前だけではなく、自分が大事にしたい条件や考え方を含めてできていくものだと考えています。
嬉しかったことだけでなく、苦痛だったことも大切なヒントになる
进路を考えるとき、つい成功体験や楽しかった出来事ばかりに目が向きがちです。もちろんそれはとても大事です。
一方で、「これは苦痛だった」「长く続けるのは厳しい」と感じた経験も同じぐらい大切です。人は好きなことだけで进路を决めるわけではなく、避けた方がよい环境や働き方を知ることでも、自分に合う道を见つけやすくなるからです。
私も大学生活の中で、自分が前向きに取り组めるものだけでなく、合わない进め方や、纳得しにくい状况について考えることがありました。たとえば、ただ指示されたことをこなすだけで、自分で工夫する余地が少ないと、あまり気持ちが前に向かないと感じることがありました。一方で、少し难しくても、自分で考えながら改善できる场面では、比较的粘り强く取り组めると気づきました。
また、これは少し见落とされやすい点ですが、苦痛の原因は単纯に忙しさだけとは限りません。同じ忙しさでも、纳得感がある忙しさなら耐えられることがありますし、反対に、意味が见えないまま続く忙しさは强く消耗することがあります。
&苍产蝉辫;苦痛を知ることは、弱さではありません。自分に合わない环境知り、无理の少ない选択につなげるための大事な手がかりになりえます。
大学生活の経験は、やりっぱなしにしないことが大切
大学に入ると、授业、部活动やサークル、アルバイト、研究室での活动、インターンなど、さまざまな経験が増えますが、それだけでは轴は见えてきません。大切なのは、経験をやりっぱなしにせず、少し立ち止まって振り返ることです。
私の场合も、研究をする中で、単に知识を覚えるより、自分で问题を整理して、试しながら改善していく过程に面白さを感じることが分かってきました。最初からうまくできたわけではなく、むしろ思うように进まないことの方が多かったです。それでも、なぜうまくいかなかったのかを考え、次の方法を试す时间には、不思议と前向きになれました。
また、研究以外でも、人と话して考えを整理したり、自分の考えを相手に伝わる形にまとめたりすることにやりがいを感じる场面がありました。そうした経験を振り返ることで、自分は何かを深く考えるだけでなく、それを他者や社会につなげることにも関心があるのだと分かってきました。
このように、大学生活での経験がすぐに答えになるわけではなく、振り返り、なぜ面白かったのか、なぜ苦しかったのかを考えると、自分の特徴が少しずつ见えてきます。その积み重ねが进路の轴になります。
轴がない时期に、无理に绞りすぎなくてよい
高校生や大学1年生の时期は、早く答えを出さなければならないように感じがちです。
ですが、轴がまだ言叶になっていない段阶で无理に一つへ绞ると、自分の理解を浅くしてしまうことがあると思います。まだ経験が少ないうちに结论だけを急ぐと、本当は别の方向にも可能性があったのに、自分で狭めてしまうかもしれません。
大切なのは、何でもありにすることではなく、いくつかの関心を持ちながら、その共通点や违いを丁寧に见ることです。広く见て、少しずつ深めていく方が、纳得感のある轴につながると感じています。
私自身も、最初から今の関心をきれいに説明できたわけではありません。ただ、いくつかの活动や経験を行き来しながら、自分は何に惹かれて、何にはあまり纳得できないのかを少しずつ整理してきました。その过程があったからこそ、単なる憧れではなく、自分なりに筋の通った进路の考え方ができるようになってきたのだと思います。
振り返るときは、気持ちの理由まで言叶にしてみる
振り返りをするときに大切なのは、楽しかった、つらかったという感想だけで终わらせないことです。もう一歩だけ踏み込んで、なぜそう感じたのかまで言叶にしてみることが重要です。
たとえば、ある授业が面白かった理由が、兴味のある内容だからなのか、自分で考える时间が多かったからなのか、先生の説明が分かりやすさなのかを考えてみます。逆に、ある活动がしんどかったなら、忙しかったからなのか、役割が合わなかったからなのか、自分の意见を出しにくかったからなのかを整理してみます。
私は、こうした振り返りの积み重ねで、自分は答えがすぐに出ない问题でも、少しずつ考えて前に进めることにはやりがいを感じやすい一方で、目的がよく分からないまま同じ作业を続けることには苦しさを感じやすいのだと分かってきました。このように、感情の理由まで考えると、自分の特徴がかなり具体的になります。
人と比べて见つけるのではなく、自分の中の一贯性を探す
进路の话では、どうしても他人と比べてしまうことがあります。あの人は目标が明确だ、この人はすでにインターンに参加している、自分はまだ何も决まっていない。そのように感じると、焦りが强くなってしまいます。
ですが、轴を见つける作业は、谁が早いかを竞うものではないと私は思います。大切なのは、他人の立派さではなく、自分の中にどんな一贯性があるかを见つけることです。过去の経験を振り返ったとき、场面は违っても同じような理由で前向きになっていることがあります。逆に、见た目はよさそうでも、共通して苦しさを感じている场面もあるかもしれません。
こうした自分の中の一贯性は、他人と比べても见えてきません。自分の経験を自分の言叶で整理してはじめて见えてくるものです。そのため、进路を考えるときほど、周囲の速さではなく、自分の感覚に丁寧であることが大切だと思います。
轴は、将来の职业名より先に、自分の判断基準として育っていく
高校生や大学1年生の时期には、将来どんな仕事に就きたいのかをすぐ决めなければいけないように感じることがあります。ですが、私は、最初から职业名を一つに决めることよりも、自分なりの判断基準を育てることの方が大切だと思います。
たとえば、自分はどんな课题に関心を持ちやすいのか、自分で考える余地がある方が顽张れるのか、人と関わりながら进める方が合うのか、社会への役立ち方を実感できることが大切なのか。こうした基準が少しずつ见えてくると、将来の选択肢を调べるときにも、自分に合うかどうかを考えやすくなります。
私自身も、最初から一つの进路だけを决めていたわけではありませんでした。ただ、大学生活の中で経験を振り返るうちに、自分がどのような问题に惹かれ、どのような环境で力を出しやすく、どのような状况は避けた方がよいのかが少しずつ分かってきました。その结果として、进路を考えるときにも、名前やイメージだけで选ぶのではなく、自分の基準に照らして考えられるようになってきたと思います。
轴とは、自分を缚るものではありません。たくさんある选択肢の中で、自分なりに纳得して选ぶための物差しだと私は考えています。
明日からできる、简単な振り返りの方法
では、これから轴を见つけていきたい人は、何をすればよいのでしょうか。私は、まず最近の出来事をいくつか振り返ることから始めるのがよいと思います。
たとえば、この半年くらいで印象に残った出来事を叁つ思い出してみてください。それぞれの、何が嬉しかったか、何が苦痛だったかを书き出してみます。
次に、その理由を考えます。嬉しかったのは、结果が出たからなのか、自分で工夫できたからなのか、人に感谢されたからなのか。苦痛だったのは、量が多かったからなのか、意味を感じられなかったからなのか、人间関係が合わなかったからなのか。このように整理すると、自分が何を大事にしているのかが见えやすくなります。
そのうえで、何は譲れないのか、何は避けたいのかを一言でまとめてみると、自分なりの轴の土台ができます。たとえば、自分で考える余地は譲れない、人との対话がある环境がよい、意味を感じにくい作业ばかりが続く环境は避けたい、といった形です。まだ曖昧でも问题ありません。少しずつ言叶にしていくことに意味があります。
また、ここで大切なのは、完璧な答えを作ろうとしすぎないことです。最初は短い言叶でも十分です。自分はこういうときに顽张れた、こういう状态はつらかった。そのメモを少しずつためていくだけでも、あとから振り返ったときに大きなヒントになります。大学生活の中で経験が増えるほど、そのメモは自分の进路を考えるための贵重な材料になっていきます。
おわりに
兴味がいくつもあって、一つに决められないことは、不安につながりやすいですが、それは自然なことです。大学生活の中で、自分が何に前向きになり、何に苦しさを感じるのかを振り返っていけば、进路の轴は少しずつ育っていきます。
完璧に答えを决める必要はありません。まずは最近の出来事を一つ振り返って、自分にとって何が譲れないのかを考えてみてください。その小さな整理が、将来の选択を支える土台になっていくはずです。
拙い文章ではございますが、最后までお読みいただきありがとうございました。
Profile
所属:創薬科学研究科 修士1年
出身地:爱知県
出身校:爱知県立冈崎高等学校